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1991年9月23日(月)


少し遅めの朝食だ。

昨日はいろんなことがありすぎて、もう二日分ぐらい走った感じだった。


とりあえず全員元気に朝を迎えた。8時過ぎに寝た者は、さらに調子が良さそうだ。

店の売店では、地元の名産品が並んでいる。

秋山郷の笠が素敵だが、これを買ってしまうと被って走らないといけないので諦める。


さて本日はどうしましょ? と作戦会議。

また黒実線を攻めますか、と昨日に懲りずに並べた5万図を覗き込む。


やはり秋山郷では有名な2つの温泉を訪ねようと、和山温泉、屋敷温泉へのルートを考える。

和山温泉へ行くには中津川を渡らないといけないが、地図を見ると”吊り橋”マークで川を渡っている。

昨日に引き続き、なんとなく面白そうなので行ってみようということに。


出発は10時近くになってしまった。

今日は津南へ下るだけなので、それほど時間もかからないだろう。


緊張感も緩み、朝からのんびりムードだ。記念撮影してようやく走り出す。

気が付いてみると、全員赤いニッカーホースだ。まあ珍しいこと。


昨日は暗くてわからなかったが、切明発電所の導水管が正面に見えた。

水平歩道の最後は、この導水管に沿って急降下することになっている。

いったいどこにそんな道があるのかと思うほど急角度で落下している。


川原にはいくつかのテントが張られていた。昨日、露天風呂に入ったのはこの辺りだ。

川原でキャンプして、露天風呂掘って・・・最高でしょうね!


切明温泉からは一旦100m程登り返して和山温泉へ向かう。

朝からいきなり登らされるのもなかなか辛い。


すぐに黒実線の分岐に到着する。これが中津川を渡る”吊り橋”への道だ。

「農道 行止り」としっかり標識が建っている。きっと間違えて進入する車もいるのだろう。

自転車なら行けますって・・・大丈夫でしょう・・・と何の疑いも持たずに下っていく。


簡易舗装も終わり、すぐに文字通りの農道に変わってきた。

秋山郷にふさわしい景色が広がるが、道はぬかるんでいて、水たまりもあればゴツゴツした石も現れる。

この先いけるのかと偵察に行くと、まだ道は続いているのでさらに進む。


地図をよく見て間違いないことを確認する。

いよいよ草に覆われ、路面もよく見えなくなってきた。

どんどん下って行くけれど、もう戻れないよ・・・


あそこに見える屋根が対岸の和山集落のようだ。

和山温泉は川岸なのでまだここからは見えそうもない。


覗き込めば中津川が眼下に見えるが、まだまだ標高差が結構ある。

おいおい、ずいぶん下るなぁ・・・ホント大丈夫かなぁ・・・


車道から分岐してすでに100m近く下ってしまった。

もうここまで来たら戻るわけには行かない。開き直ってどんどん下っていく。

農道なので作業用の車も通るのであろう。自転車で下る分には特に危険な所はない。


かなり川に近づいてきて、ようやく対岸の和山温泉の宿が見えてきた。

もう少しで”吊り橋”が現れるはずだ・・・と最後のカーブをクリアしていく。


一直線に降下していく。

畑の横を通り過ぎ、最後は道なき道を押していくと、ついに川原が見えてきた。

さてさて、どんな感じの”吊り橋”なのかな・・・と期待していたのだが・・・ん?


ガーン! ”吊り橋”がない! 

周囲を見渡しても何もない。どーいうこと? あまりの衝撃に、全員その場に立ちすくんでしまった。

”吊り橋”はないけれど、何やらワイヤーやロープが数本対岸と繋がっている。


どうやら「野猿」(人力ロープウェイ、渡しかご)のようだが、そのかごも見当たらない。

川幅が結構あって、対岸の様子もよくわからない。


ニューサイクリング No.180 (1979年10月号)「 秋山郷と水平歩道(永松康雄)」にはこう書いてあった。

”和山へは左岸の林道を行き、小さな板の橋を渡って仁成館に着いた”

この文章によれば、まさしく今我々が辿ってきた道に違いない。


地図を見れば”吊り橋”の印があるし、渡ったと書いてあるし、簡単に渡れるものとすっかり信じていた。

車道からすでに150m以上下ってしまった。あの道を戻りたくない・・・何か方法はないものか?


川の水深はそれほど深くないが、流れが結構速く、自転車を担いで渡ることは難しい。

しかし、こちらの川岸には”かご”もなければ、使い方もわからない。


訳も分からず川岸に登ってロープを引っ張てみる。

すると、よく見えなかった対岸から小さな四角い”かご”が登場し、こちらに近づいてくるではないか!

これだ! これに乗って向こう岸に渡るのか! と絶叫!


全員興奮状態で、歓声やら絶叫やら、写真撮ったり騒いだり、不安がったり、もう大変な騒ぎ。

「どーすんの? これに乗るの? ヤバイヨ、落ちたら大けがするよ・・・もー議論白熱。

試しにちょっと乗ってみると、意外としっかりしているぞ・・・


向こう岸までの、たったこれだけの距離を移動できないなんて悔しくて仕方がない。

戻るとなると、今日の予定はすべて台無しになる。何としてでも渡りたい。


●問題点
・安全なのか(落下したら命の危険がある)
・向こう岸の様子がわからない(車道へ出られるのか?)
・どうやって人と自転車を運ぶのか(自転車を乗せられるのか?)

さらに下の写真のような注意書きが書いてあって、さらに不安になってくる。

地元の人でもいたら色々聞くことができるが、まったく人の姿は見えない。

●結論
・最初に自分が空身で川を渡って、対岸の様子を確認する(水深は膝ぐらいまでなので問題なし)
・次に一人がかごで渡り、2名ずつの配置にする。
・フロントバッグ、荷物を先に運び、自転車を運んだあと最後に人間が渡ってくる。

という手順でミッションの開始だ。


川を渡るのは意外と簡単だった。しかし川の中央部はさすがに水深が深く、太ももの辺りまで水に浸かった。

靴だけは濡れてしまったが、そのうち乾くので気にしない。


先頭バッターが”乗車”する。

最初に乗る人は恐怖だ。どんな様子かさっぱりわからないし、途中で止まってしまったらもうアウトだ。


緊張の1回目がスタートする。ゆっくりゆっくりかごは地面を離れ、宙に浮いた。

自分でロープを引っ張ると、スルスルと空中散歩の開始だ。

対岸にいる自分も、いったいどうなるのか緊張の連続。安全を願って、気が気ではない。


何のトラブルもなく、無事に対岸に到着。これで2名ずつの配置になった。

すぐにかごを戻し、大量の運搬作業が始った。

最初はおっかなびっくり荷物を運んでいたが、慣れてくると作業もはかどってきた。


自転車はやっかいだ。最悪分解する必要もあったが、そのままかごに乗せる。

ハンドルをストラップで縛り、バランスをとって乗せる。


風もなく穏やかな天気だったので助かった。

かごが到着すると、まずは備え付けの紐で固定し荷物を降ろす。

”次は何を乗せろ”などの連絡事項は、伝言メモでやり取りする。


しかし時間がかかる。すでにここに到着して1時間が経過。

まだ半分ぐらいの作業が残っている。


自転車も慣れてくると簡単に縛っておしまいになってきた。

なんだか落ちそうな感じだけど、しっかりとハンドルが縛られている。


いよいよ最後は残った2名が渡ってくる。

高度10数mぐらいあるのだろうか、かなりの高さをロープ一本で渡ってくる。

高所恐怖症の人だったら、まず絶対に無理だろう。最後は余裕で写真を撮りながら川を渡ってきた。


その時にかごから撮った写真がこれだ。やはり結構な高さだ。

自分は幸運にも?乗れなくてよかった? それともちょっと残念? 複雑な気持ちだった。


全ての運搬が無事に終わって、全員川を渡り切った。

何はともあれ、安心してほっとした。まだ午前中の早い時間だったので救われた。


結局、川を渡るのに1時間半かかった。

和山温泉は観光客が結構多く、さっそく我々に声をかけてきた。


「どこから来られたんですか?」

「川の向こうです。かごで渡って来たんです。1時間半かかりました。」

と言っても、もちろん理解してもらえなかった。


和山温泉は野生の猿がたくさん群がっていて、とても人間に慣れている。

そんな我々に、「野猿はこうやって渡るんだよ」ってお猿さんがお手本を見せてくれた。


緊張の連続がほどけて、猿を眺めながら一息つく。

猿が大人気で、かわいい姿を観光客に披露してくれる。


ずいぶん遅れてしまったが、なんとか予定通りのコースに戻ることができた。

いやはや、こんな経験は人生初めてだ。一生記憶に残る体験となるだろう。


川まで下った分取り戻さないといけない。

強烈な登りに苦労して、最後は押してピークに到達する。


屋敷温泉まで、今度は豪快なダウンヒルだ。

遅れた分を取り戻すかのようにかっ飛んでいく。


屋敷温泉には、ちゃんと吊り橋がかかっていた。こういう橋を渡りたかったんですよ、まったく。

すっかり遅くなってしまった昼食。

屋敷温泉前の広場にちょうどいいテーブルがあったので、のんびりとくつろぐ。


今日はもうこれで満腹状態。

ここでのんびりして、あとは駅まで下りましょうということに自然と決定。

目の前の学校のグラウンドでは、「新たな秋山へ走り出そう」の垂れ幕のもとで、盆踊り大会かな? 


1時間程ゆっくりして屋敷温泉を後にする。そしてまた150mほど登り返す。

まあ、温泉に立ち寄るたびに上り下りの繰り返しだ。楽しいけれど、結構体力を消耗する。


あとは津南駅までのんびりと下っていくだけだ。

途中から少々天気が崩れ、雨具を着ることに。


楽しかった二日間もそろそろフィナーレだ。

最後にダートの余韻を味わいながら津南駅へ向かう。


17時に津南駅に到着。暗くなる前に到着出来てよかった。

列車までは十分に時間があるので、ゆっくりと輪行する。


18時になれば真っ暗だ。

乗客もほとんどいない。寂しいホームに4台の輪行袋が並ぶ。

あまりに楽しいツーリングだったので、自然と笑顔がこぼれる。


列車がやってきた。車内は空いていた。仕込んできたビールでさっそく乾杯だ。

この二日間色々ありすぎて、頭の中も整理がつかないほどだ。


とにかく怪我もなく無事に終わってホットした。

本当に充実した、大満足の奥志賀、秋山郷を巡る旅だった。もう、何も言うことなしです。


 
距離: 38.7 km
所要時間: 7 時間 00 分 00 秒
平均速度: 毎時 5.5 km
最小標高: 214 m
最大標高: 981 m
累積標高(登り): 617 m
累積標高(下り): 1266 m

(1991/9/23 走行)


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