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B

東京(8/7)〜博多〜川内〜知覧〜指宿〜西鹿児島〜熊本〜阿蘇〜高千穂〜宮崎〜羽田(8/15)

1993年8月12日 (木)

城山公園 〜 西鹿児島(輪行) 〜  熊本


九州キャンピングも後半に入った。
前半は悪天候とトラブルに悩まされたが、ようやく本来の調子が戻ってきた。
まずは鹿児島市内の観光ということで、城山公園へ向かう。


城山公園の展望台からは、桜島をはじめ錦江湾や鹿児島市街地を一望できる。
観光地は早朝に巡るのがいい。

観光客がまだホテルでグズグズしている間に巡るのがコツだ。
9時前だったので、誰もいない静かな展望台を独占することができた。


実に見事な眺めだ。今朝の桜島は実に美しい。
いつもこんなに穏やかな眺めではないのだろうが、朝日の中の桜島は惚れ惚れするほど美しい姿だ。
立ち去るのが惜しく、しばらくはベンチに座って素敵な桜島をぼーっと眺めていた。


9時を過ぎて、さっそく団体客がぞろぞろと現れた。
早めに来てやはり正解だった。こうなると写真を撮ることも、ゆっくり鑑賞することもできない。

ガイドさんの話に耳を傾けながら、一緒に桜島のお勉強をする。
そうしているうちに、山頂付近から噴煙が上がった。これが本物の桜島。決して静かな山ではない。
それにしてもこの城山公園からの眺めは絶景だ。一日中ここにいても飽きないだろう。


市内のメイン通り脇に、水没した車が放置されていた。
屋根まで泥で汚れ、フロントガラスにはまだ多くの泥が溜まっていた。

なんでこんな歩道に放置されたままなのだろう? 
まだ手つかずの状況みたいだ・・・それにしても、凄い・・・

西郷隆盛の銅像と一緒に記念撮影。なんとなく、そっくりですねぇ。


資料館を見学する。
桜島とともに暮らす鹿児島市民の生活を詳しく伝えている。

紹介ビデオに釘付けになった。火山灰の凄さ、恐ろしさに驚いた。
映像を見ていると、これほどまで苦労して生活しているのかと、初めて知ることが多かった。
外では、さらに豪雨の土砂を片付ける年配ご夫婦の姿があった。豪雨に火山灰、とにかく苦労が絶えない。


鹿児島市内の観光を終え、西鹿児島駅へ向かう。
今日はここから大きく移動して熊本へ向かう。

16時過ぎに熊本駅に到着。
日中の貴重な時間を移動で使ってしまったが、長旅だからこそできる贅沢だ。

鹿児島から熊本へと景色が変わる。街の様子もまた違う。
路面電車と多くの車が行き交っている。

すぐに本日の寝場所を決めなければならない。ガイドブックで適当な所を探すが名案がない。
そこでまた街の人に聞いてみると、白川の河川敷あたりがよさそうだとアドバイスをもらった。


しかし残念ながら、河川敷はちょっと我々の期待に答えられる雰囲気ではなく、近くの公園に行ってみる。
すると何やら祭りの恰好をしたおじさんたちが、輪になって飲んでいるではないか!

実は8/11-8/13は「火の国まつり」が開催されていて、この公園が控えの場所になっているようだ。
ということは、夜になれば誰もいなくなるはず・・・ロケーションも条件もよく、ここに決定!


寝場所が決まればもう安心。さっそく街に繰り出して今宵も楽しい宴の始まりだ。
お邪魔したのは「壱之倉庫」というビアレストラン。

すでに店内は「火の国まつり」に参加する人たちで熱気ムンムン状態だ。
そんな雰囲気の中、汗臭いサイクリストが端っこのほうで静かに飲み始める。
おしゃれな雰囲気のレストランには似合わない二人だが、美味しいビールをたらふく飲めて幸せだった。


商店街のアーケードでは「火の国まつり」が大賑わいの真っ最中だ。
いったいどんな祭りなのかと興味津々で眺める。

どうやら、企業が団体のチームを組んで、それぞれの衣装で踊り歩く、という祭りのようだ。
一種の仮装行列? 的な要素もあるが、軽快な音楽と、テンポのいい踊りで盛り上げる。

様々な衣装が登場してくると、これはいったいどんな祭りなのかさっぱりわからなくなってくる。
結局なんだかわからない踊りだったが、夏の風物詩を楽しむことができて大満足の夜だった。
たっぷり楽しんで、22時頃テントに戻った。


距離: 12.7 km
所要時間: 3 時間 11 分 00 秒
平均速度: 毎時 3.9 km
最小標高: 2 m
最大標高: 78 m
累積標高(登り): 76 m
累積標高(下り): 74 m

1993年8月13日(金)

白川公園 〜 熊本城 〜 久木野教育キャンプ場


朝はセミの鳴き声で起こされた。
街中は大騒ぎの夜だったが、ここの公園は狙い通り静かに過ごすことができた。
朝は公園に来る人も少なく、特に注意されるようなこともなかった。


公園の水場を借りて朝食の準備をする。そして奇麗に片付け、9時前には走りだす。
今日も暑い一日になりそうだ。


まずは熊本城を見学する。熊本城は日本三名城の一つである。
昨年訪れた「宇和島城」「松山城」とはさすがにスケールが違う。


熊本城

熊本城のある丘陵地帯は茶臼山と呼ばれ室町時代には千葉城や隈本城が築かれていた地であり、この地を与えられた加藤清正が1591年(天正19)から築城を計画。1601年(慶長6)から本格的に築城を開始し、千葉城・隈本城を縄張りに取り込み、丘陵一帯を取り巻く川の流れを変えこれを内堀とした巨大要塞を1607年(慶長12)完成させた。本丸には大天守・小天守を建て、いくつもの曲輪を巧みに重ね、御裏五階櫓・本丸東三階櫓、小広間西三階櫓、本丸宇土櫓など他の城では天守に匹敵するほどの五階櫓が5基も存在し、各曲輪は多門櫓や門、土塀で囲まれ、それぞれが一つの城として機能した。さらに各曲輪には堅牢な高石垣が巡らされ鉄壁の防御を誇った。加藤氏改易後は細川氏が入り、明治維新を迎えた。1877年(明治10)の西南戦争で、本丸の大部分が消失したが、宇土櫓を含め11基の櫓が残った。



とにかく見事な石垣に圧倒される。
武者返し(むしゃがえし)と呼ばれる石垣は、上に向えば向かうほど反り返りが激しくなる。

その見事なつくりは、美しくもあり、そして完璧な防御の要になっている。
1時間ほどゆっくり見学する。とにかく広く、大きく、そして見事な熊本城だった。


ところで自動販売機で気になっていたものがあった。「バニラ牛乳」だ。
そのネーミングから、いったいどんな味がするのだろうと、ついに試してみた。
そのお味はいかがでしょう?「・・・よくわかりません」ということでした。


午後からは真剣に阿蘇に向かって走りはじめる。
明日の阿蘇山アタックを前に、なるべく近い所でキャンプしたいと考えていた。

阿蘇大橋に「阿蘇くじゅう国立公園」の案内図があった。
検討の結果、キャンプ場のある、グリーンピア南阿蘇が第一候補となった。
キャンプ場へ行く前に、「久木野村温泉センター」で汗を流すことにした。


素晴らしい温泉でゆっくり、そしてさっぱりすることができた。
すでに時刻は16時を過ぎ、予定を変更して近くの「久木野教育キャンプ場」へ向かうことにした。

途中の肉屋で食材を調達し、キャンプ場を目指す。
ここは大きなキャンプ場で、場内にはすでにたくさんのテントが張られている。

そして、名前の示す通り子供たちが大勢来ていて、夏休みのキャンプ体験のような雰囲気になっている。
テントサイトを子供たちが走り回り、キャーキャーと騒いでやかましい。


今回のキャンピング、明日、あさってとまだ二日残っているが、キャンプ生活は今夜が最後だ。
明日は朝から荷物を宅急便で送り返し、旅館に泊まって身軽に走る予定だ。

最初から最後までキャンピングスタイルで走るのが基本だが、こうして最後だけ楽をしようという作戦だ。
キャンプ最終日のメニューは、もちろん恒例の「腹爆発カレー」だ。


まずはビールで乾杯! カレーを煮ながら今宵も最高のキャンプが始まる。
子供たちの楽しそうな笑い声があちこちから聞こえてくる。
まあ、ちょっと距離が離れているので、あまりうるさくなくてよかった。


夜の9時を過ぎて、ここから「腹爆発カレー」の登場だ。
すでにビールとつまみでお腹いっぱい状態だが、ここから溢れんばかりのカレーが待っている。

最初の一皿、二皿までは美味しくいただけるが、まだまだ半分以上ご飯もカレーも残っている・・・
残すこともできずに、なんとかすべて食べ尽くそうと必死に口に放り込む。

結局、一人五皿ぐらい食べただろうか? もう動けません、ってぐらいお腹が膨れてギブアップ!
それでもやっぱり最後のカレーは美味しかった。これを食べないとキャンピングが終わらない。

こうして今日もよく走り、よく飲み、よく食べた一日だった。


距離: 53.5 km
所要時間: 9 時間 26 分 00 秒
平均速度: 毎時 5.6 km
最小標高: 14 m
最大標高: 412 m
累積標高(登り): 414 m
累積標高(下り): 16 m

(1993/8/12-13 走行)


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