峠への招待 > ツーリングフォトガイド >  ’2000 > 水平歩道・雑魚川林道・渋峠・芳ケ平・尻焼温泉@


@


水平歩道をいつかやってみたい、という気持ちは前々から持っていた。 その名前から来るイメージはとても魅力的であり、またその行程の厳しさが上級者のみしか受け付けないレベルの高さを感じていた。「MTBツーリングブック 秋山郷と魚野川水平歩道(糟谷武彦)」を何度も読み返す。そしてついに決行する時が訪れた。

ソロで行くにはかなりの決断が必要だった。日本に残された数少ない本当の秘境であり、装備とプランニングを真剣に考えないと危険な場所でもあった。そんな魅力を秘めた水平歩道をいつかはやってみたい、だけど今じゃない、この季節ではない、と毎回先送りになっていた。

ここ最近はソロで走ることが多く、ソロに慣れてしまうと走り方も時間の過ごし方も自由になり、結果満足はできるのだけれど、昔のように数人で走ることの楽しさを求めなくなってきている。特に、これぐらい年期をつんでくると、いまさらワイワイ騒ぐ走りよりも、自分の走りを追及し、満足行く時を過ごしたいという気持ちのほうが強く、他人に惑わされず自由に走りたい、動きたいという気持ちが強くなってくる。

そろそろ走りたくなった頃、プランニングし実行する。精神的にも肉体的にも落ち着いたとき、じっくり計画し、プランを発酵させ、思いを込め旅立つ。そうした時間をかけて一つのツーリングを演出する、そうした工程が非常に大切だ。

だから、自分が行きたい時が一番であり、半ば強制的に日時を決められて実行に移すという過程では、なかなかそうした旅への思い入れが深まらない。昔のように、よし行こう、という単純なことでは済まされない年齢になってきているし、それだけ一つ一つのツーリングを大事にしたいと思っている。


今回のプランは、久しぶりにこの過程を踏まない、いわば半強制的なきっかけであった。夏のキャンピングを終え、しばし休息に入っていた頃、H氏からの誘い。確かに車坂峠以来走っていない。行けば記憶に残るツーリングを残してくる事は間違い無いのであるが、二人でやるにはなかなか満足行くプランを計画できないでもいた。どうせ二人でやるからには、前回の車坂、角間ぐらいに匹敵する内容が望ましかった。

季節は秋になろうとしていた。夏も終わり、9月も半ば。H氏からメールが来た。今回は珍しくすぐに気持ちが傾いた。去年も水平歩道をやろうなんて半分冗談で言っていたが、今回はタイミングが良かった。これから紅葉を向かえ、まだ時間もたっぷりある。今から練って盛り上げていけば、かなり豪華なツーリングを演出できると感じた。

早速返事を書くと、すぐに3プランの答えが戻ってきた。水平歩道を含んでの2泊3日のプランニングがおおよそここで決まった。その反応の良さに、すでに旅心に火がともり、その日以来1ケ月かけての準備が始まった。

当初の予定では10月7日〜9日の3連休を考えていた。まあ、なんとか3連休をとれるだろうと考え、宿の手配も苦労しながら進めていた。残念ながら切明温泉は予想通り満員でとれず、和山の民宿に宿を確保した。二日目の熊ノ湯は簡単に確保できた。宿が確保できれば後はじっくり発酵させていくだけであった。


地図を買い、装備を考え、情報を収集し、自転車を考える。気温、標高差、路面、ルート、温泉、キャンプ。日帰りとは違うスケールの大きさに、頭の中に色々なことが浮かんでくる。走り始めたら2泊3日の無防備ツーリングだ。過去でさえなかなか、2泊3日など経験していない。

側に車があったり、他のエスケープルートが簡単にあるような、安心できるような所であった。しかし、今回の水平歩道を巡るコースは、スタートしてしまったら、途中でエスケープするルートはない。水平歩道は何があっても走りきらないとならない。そして3日かけて周回してくるというビッグランであり、それだけ交通手段が遮断された地域でもある。

情報を収集していくにつれ、水平歩道に恐怖感を抱き始めた。以前から、ソロでは行けないという恐怖感は持っていたのだが、途中でのテント泊やら、7時から走り始めるとか、断崖絶壁など、行った人が皆大変な苦労を語っている。素人が言っているのではなく 、それもツワモノたちの言葉であるからなおさら緊張する。

日の長い夏場であれば時間も心配無いが、10月ともなれば暮れるのも早い。何かトラブルが起きればそれですべてがおしまいになりかねない。そうしたことから、ソロはまず不可能だと考えていた。

久しぶりに準備に気合が入った。MTBで行くことは自ずと決まっていた。ランドナーではまず初日の行程に支障が出るのはわかっていた。二日目、三日目を考えるとランドナーでもいいのだが、やはりメインの初日にあわせて装備を決めるべきであった。

MTBでの2泊3日の旅。これは始めての経験であった。考え始めると、とにかく装備に関する心配が尽きない。荷物の量を考えただけでも、リュックとサドルバッグだけではまかないきれそうも無かった。考えたくは無かったが、小型のフロントバッグが必要になってきた。また、山道を想定して、しっかりした靴が欲しくなった。


時間を見つけては、店巡りを繰り返した。フロントバッグを池袋で購入し、本格的なトレッキングシューズ、ザンバラン・ヌーボ・フジヤマを手に入れた。こんな靴、これまでは欲しいとも思わなかったが、水平歩道には貴重な装備であると思われた。

フロントバッグは難問だった。MTBに付けるフロントバッグは、どれも気に入らない。手に入れた物も、そのままでは到底納得のいくものではなかった。装着位置を下げるために、今度は穴あきのプレートを用意し、色々と悩みながら加工を繰り返した。トウクリップは必要無いと、フラットペダルに取り替え、少しずつ少しずつ準備に余念が無かった。

10日前には装備は万全となった。しかし、当初の予定が近づくにつれ、仕事の関係上都合が悪くなってきた。出発当日は名古屋へ出張。帰宅は遅くなる。そして、10月9日は休日全員出勤。どうにも状況はよろしくなかった。しかたなく、次週へ変更する提案をする。今年の紅葉は遅れているらしく、次週に変更できればなにかと好都合であった。

さらに、追加で1名参加することになった。T氏というベテランらしい。会ったことはない。初対面の人とツーリングをするのは珍しく、自分の気持ちの中では好きなほうではないが、このプランでは多少の人数がいたほうがよさそうな気もしていた。まあ、スケジュールがよく合ったものだと感心するのと同時に、それだけ魅力のあるプランニングなのであろう。どんな人なのか、楽しみは現地まで待つことになる。

結局、翌週へ変更ということになり、さっそく宿の手配を変更するが、幸運なことに切明温泉が予約できた。どうやら、運がこちらに向いてきた感じだ。これで後は当日の天候を願うばかりとなった。


2000年10月13日(金)


車2台で現地集合、夜11時には着いて仮眠したい。というのが理想であった。そのためには19時台に出発することが必要だった。荷物は全部用意されている、後は積み込むだけだ。しかし、こういう日に限って何かとトラブルが起こる。昔、夜叉神峠へ行ったときもそうだった。ずるずる時間が遅くなり、最悪の旅立ちとなった。今回はそこまで遅くはならなかったが、予定よりは1時間帰宅が遅くなった。

普段の生活であれば、ゆっくりくつろぐ時間であるが、この日ばかりは帰ってからが一日の始まりでもあった。車に荷物を積み込み、風呂に入り、軽い食事をする。いつもならビールを楽しむところだが、今日はしばしの我慢。とにかく一刻も早く出発しなければならなかった。

旅立つときはいつも不安になる。あれは持ったか、忘れ物は無いか。そんな不安を持ちつつも最後は開き直って旅立つ。出発は結局8時過ぎになってしまった。家を出たとはいえ、まずはコンビニでの買出しが待っている。現地の状況を想定して、まず何も手に入らないだろう、また、3日分のつまみ類を確保しておく必要がある。前もって鮭大根と、茎わかめは手に入れておいたが、明日の朝食、昼食は準備しておく必要あった。

仕事の頭から、一気にツーリングの頭に切り替えなければならないのも過酷だ。あまりに世界が違いすぎるから、瞬間的に切り替えろといっても無理がある。仕事の余韻を残しながら、これからのツーリングへの気持ちの切り替えにしばらくは時間がかかる。

買出しも終わり、ようやく車も走り出した。週末の都内、帰宅時間、さらに環七は祭礼で渋滞の表示。いつもの前夜発とは違い、今日は時間がない。246から環八へ迂回、それでも混んでいる。まあ、いつもそうだ。都内を抜けるだけで1時間はかかる。あせってもしょうがない。関越に乗るまではじっと我慢でいるしかない。天気は冴えない。ただし現地の予報は、明日以降はよさそうだ。なんとか、天気だけは回復してもらいたい。

ようやく関越へ。ここまでくるととりあえず一安心だ。しかし、1時間のハンデは大きい。H氏は今頃どこなのだろう。まったく連絡がないけれど出発しているのだろうな。連絡がないということは問題がないということだと思うが、行ってみたらいなかったなんて事になったらどうしようもない。どこかで携帯に連絡を入れようと思いながら、とりあえず先を急いだ。

頭の中には上信越道から行こうという考えしかなく、藤岡ジャンクションで分岐、どこで降りるかは決めていなかった。上信越道へ分岐し、最初のSAでH氏の位置を確認するために電話を入れた。一発でつながり、丁度今SAに入った所だという。場所は高坂SAだという。自分のほうがかなり先行している。

驚いたことにH氏は渋川経由で行くらしい。確かにどちらから行っても同じぐらいの距離だが、ルートが違うことで少々不安になってくるが、集合場所を長野原草津口駅とした。30分ぐらいは自分のほうが早そうだから、先に行って余裕で待っていようと考えていた。


小雨が降り始め、霧も出てきた。視界も悪く、自ずとスピードも落ちてくる。碓井軽井沢で降りる。ここからは中軽井沢、北軽井沢を抜けないといけない。カーナビだけが頼りになってくる。

ところが、降りてからはすぐに山越えが始まり、路面はいいが激しい濃霧で前がほとんど見えない。まるで花火の煙の中にいるような感じで、対向車の存在もわからないぐらいだ。慎重な運転で次々コーナーをクリアしていくが、スピードもほとんど上がらない。これでは駅に着くまでが不安になってくる。

山越えを終えると濃霧も晴れ、走りやすくなってきた。交通量もほとんどなく、静かな軽井沢を快適に飛ばす。北軽井沢を抜ける国道は、この時間は高速道路並の走りが可能だ。貸切の国道で視界良好、道幅充分となると100キロ近い速度で車が行交う。

あまりの早いスピードに時々アクセルを戻すが、それでも80キロ走行だ。これだけ飛ばせば集合場所まですぐだろうと思えるが、これが結構距離がある。ほとんど休みなしで走り続け、濃霧やら高速走行で神経もかなり疲れている。早く着いて、車から降りたいという気持ちで一杯だ。とはいえ、慎重な運転を心がける。

快調に飛ばしていると、闇夜に赤く点灯する光を発見。最初は何だか分からなかったが、近づくと何と警察。まずい、と思った。スピード違反が頭をよぎる。つかまって当然のスピードだ。警官は止まれの合図。半ば堪忍して車を止め、窓を開ける。「飲酒運転の取り締まりを行っています」ということでチェックされる。こっちは忙しくて飲んでいる余裕などなく、どこに行くのかと聞かれ「六合村」と答え解放となった。

やっと駅が近づいてきた。やれやれということでぐっとスピードが落ちる。かなり疲れている。とりあえず車を止めて、H氏が来るまで休憩だ。30分ぐらい時間はあるだろうと思っていた。懐かしい長野原草津口駅。いつのツーリングだったかわからないが、何度か来ている。さて、車をどこに入れようかと、ノロノロ走って駐車場を発見。

ゴールイン、やっぱり先に着きました…お疲れ様、と車を止めた瞬間、何とH氏組が一緒に駐車場に入ってきた。何?うそー! まったく同着の集合という信じられない光景。何だか、このツーリング最初から波乱がありそうな気配。 

一生懸命山越えをしてきたが、距離的、時間的に追いつかれてしまったようだ。まあ、それにしても待合せの無駄な時間がないのでよかった。初対面のT氏と挨拶を交わし、早速道の駅へ移動することになった。すでに0時を回っており、明日のために早く仮眠を取りたいところだ。

野反湖方面へ分岐して車を走らせる。周囲の感じからこんなところに道の駅があるのかいな、と疑問になる。道の駅の印象としては、大きな駐車場、にぎやかな売店などを想像してしまうが、着いた道の駅六合は、こじんまりとした小さな所だった。中には入れないが、トイレだけは使える。車から降りると温泉の匂いがする。暗くて周囲がよく分からないが、温泉が近くにあるのかもしれない。


明日の予定をしてみれば、こんな所では位置的に問題があるのであるが、くつろぎたいという気持ちが優先してここで寝ることになった。


ようやく気分はツーリング気分に満たされてきた。車の中は半袖で来たのだが外に出ればかなり寒く、防寒具を着込む。明日のためにH氏組は自転車を車内から出し、寝る準備を整える。色々準備して、片付けて、6時起床ということで眠りについた。

(2020/10/13 走行)


峠への招待 > ツーリングフォトガイド >  ’2000 > 水平歩道・雑魚川林道・渋峠・芳ケ平・尻焼温泉@