峠への招待 > ツーリングフォトガイド >  ’2000 > 水平歩道・雑魚川林道・渋峠・芳ケ平・尻焼温泉②




2000年10月14日(土)


事前準備の段階で色々と過去のツーリング記録を参考にしてきた。出発時間や区間時間、距離、標高差など頭の中には一応入っていたが、実際に何時に走り始めればいいのかという具体的なプランニングまでは考えていなかった。8時には野反湖を出発したいという気持ちを持っていたが、全体の時間配分を真剣に考えてはいなかった。

朝から道の駅には、若者達の100キロ強歩の集まりでにぎわっている。天気は青空が広がり始め、気分もますます盛り上がる。6:30に尻焼温泉へ向けて走り出す。尻焼温泉にワゴンRを回収用に置いておく作戦だ。今度はH氏の車に自分のMTBを積む。荷物を移し替え、最終確認をしていよいよ野反湖へ向かう。こうした一つ一つの作業が結構時間がかかる。もうすこし綿密な計画を立てておけば10分15分の無駄な時間を使わずに済んだと、荷物を整理しながら感じた。


尻焼の駐車場には簡易キャンプをしている車、自転車組など数組がいた。我々も準備を済ませ、いよいよ野反湖へ向かった。野反湖までの道はずっと登りで、距離的にも標高差もかなりある。車で走って約30分はかかる。これを自転車で登ったら2時間近くかかりそうだ。やはり、回収作戦 をしないときついだろう。道の駅では晴れるかと思われた天候が、野反湖へ出ると濃霧に変わり、風もあり厳しい天候になってしまった。


駐車場もこの天気では車も少なく、広いスペースに車がほんのわずかしか置かれていない。いきなり出鼻をくじかれ、気合が入るどころかどうしようという迷いに変わってきた。外へ出てみると天気の荒れ方はさらにひどく、手袋なしではいられないほどの寒さ。小雨がパラパラ降っていて、風が強く視界もほとんどない。恐れていた最悪の天候になってしまった。

屋根から自転車を降ろす気になれない。こんな中をいきなり山道に入っていくのかと思うと、やる気が沸いてこない。しかたない、考えていてもこのツーリングは行かざるを得ない。変更のできないプランだ。それはわかっているものの、普通のコースとはわけの違う内容にますます不安がつのる。 休憩所に逃げ込む。雨風をしのげ、寒さから解放される。腹ごしらえを簡単に済ませる。他のハイカーもこの天気に少々残念そうだ。


天気予報では崩れるとは聞いていない。このまま、本格的な雨にならず、晴れないまでもこのまま持ってくれれば何とかなる。後は天気の回復を願うだけだ。雨具、アンダータイツ、手袋、いきなりスタート地点からフル装備になってしまった。スタートまでの準備にまたまた時間を取られる。三者三様の自転車と装備。装備の中身も、セッティングも皆色々。


準備となって体を動かし始めれば、ようやく調子も出てくる。3日間のツーリング、スタートから厳しい天候だが、こうしてようやくスタートの準備が整った。

●動画 (2分52秒)  魚野川水平歩道 その1(野反湖出発)https://youtu.be/n9hEqgLO4UM


 


駐車場脇がすぐにスタート地点になっている。白砂山登山口とかかれた大きな案内に従って山道を登る。周囲は白くもやが立ち込め、視界が悪い。このままこの白い世界に迷い込んでしまうのではないかと思われるほどだ。もしソロであったら、相当不安になるに違いない。

いきなりの押し上げで息も荒い。道は湿ってはいるものの、ぬかるむほどではなく問題はない。こんな道を想定して新品の靴を用意してきたわけだが、始めての靴というのは何かと心配だ。靴づれや、マメ、そしてペダリング、登りなどに影響がないだろうか、できれば一度試してから今回使用したかった。


足首がこんなに固定されてしまっていいのだろうか。左足の甲に違和感を覚えるが、使っていくうちになじむのだろうか。今までローカットの靴しか使ってこなかったら、このザンバランの取り扱い方はまったくの未知数だった。T氏はすぐにこの靴に眼が行き、昔使っていた事を話してくれた。山サイメンバーの記事を見ての購入だから自転車には問題ないと分かってはいたが、果たして自分に合うかどうか、今回試すには絶好の機会であった。


いよいよ始まった今回のツーリング。スタートから真剣になる。荷物も重く、体も暖まらなく、足が重い。道はすぐに最初の沢に向かっての下りになる。しだいに落ち着いてきて、普段のツーリングの心境になってきた。気がつくと、周囲はかなり好い色、秋色を写し出している。

さっそく軽いトラブルが起こる。H氏も自分も同じサドルバッグサポーターをつけているが、振動でサドルバッグがとんでもない方向を向いている。また、バッグの重みでしだいに下がってきて、タイヤに触れそうだ。T氏は落ち葉がガードに詰まって、タイヤが回らなくなる。初日は、こうした小さなトラブルが起こるが、まあ、たいした事もなく楽しく山道を進む。

落ち葉の色、色づいた木々、味のある山道。落ち着いて観察すると、美しい紅葉の色彩があふれている。ここは、心豊かに秋の気配を感じ取れる気持ちが必要だ。


フル装備での歩きは次第に暑くなってくる。天候は相変わらずだが、雨が強くなる気配はない。道は最初の沢に下りていく。難所までとはいかないが、それでも結構段差を乗り越え、担ぎが出るぐらいの山道だ。


沢には簡単な一本橋が渡してある。いかにも不安定な丸太の橋で、空身で渡るにも結構辛そうだ。早速テクニカルポイントが現れ気分は高まるのであるが、こんな所で怪我をしては先が思いやられると、自然と力が入る。まずはT氏が自転車を担いでバランスを取りながらクリア。見ていてもかなり難しそうだ。


続いて自分がMTBを小脇に抱え挑む。濡れた丸太が滑りやすく、足を交差することができずすり足で進むことに。重心を落とし、しゃがみこむように前進する。きれいに担げない分、こうした難所では苦労する。やっとの思いで橋を渡る。H氏もかなり苦労してようやく無事に渡りきる。

●動画(2分6秒) 魚野川水平歩道 その2(ハンノキ沢) https://youtu.be/nITX1xql9CQ


まずは最初のポイントを無事にクリアする。天候はしだいに落ち着き始め、周囲の白く立ち込めていたもやも消えかかっていた。フル装備の状態ではかなり暑く、少しづつ身軽に変身していく。


沢を越えればまた押し上げが待っている。次のポイントは地蔵峠だ。レポートによると、難なく地蔵峠に到着しているが、我々はここで道を間違え、余計な体力を使う羽目になる。


地蔵峠への分岐は、白砂山・秋山と表示されており、秋山の文字に注目すれば間違いなく右に分岐するのが当然なのだが、白砂山の文字だけに注目したせいか、そのまま真っ直ぐ進んでしまった。思い出せば確かレポートのどこかに、同じく間違えた記述があったのだが、思い出すことなく同じ間違いを繰り返した。 

間違えた道はすぐに下りにかかった。せっかく押し上げたのにまた下りかと思いながら進む。ところが一気に沢へまた下るような急勾配。 すぐにおかしいと気づくが、いつものごとく、もう少し、もう少しと先へ進んでしまう。

立ち止まって皆で協議。これはおかしい、という結論に達し、先ほどの分岐へ戻ることに。距離的には短いが、標高差にしてみれば一仕事。ここでも時間を無駄にしてしまう。


地蔵峠はすぐに現れると期待して頑張ったのだが、結構分岐からは標高差があり、まだか、まだかと思うぐらい体力を使わされる。いい汗を充分にかかされ、ようやく立派な道標のある地蔵峠へ到着。ようやくルートの確認ができて安心する。


ここからはもう道を間違える事はない。所要時間を比べると、やはり道を間違えた分遅れている。


この先の事を考えると、そうゆっくり休んでいるわけにはいかない。地蔵峠からは、次の沢に向かって再び下りが始まる。


下りも押していけるぐらいの勾配であれば楽なのであるが、かなり荒れていて引きずり降ろしが必要なぐらいの段差も多く、腕、腰、手首にかなりの負担がかかってくる。

●動画(51秒) 魚野川水平歩道 その3(地蔵峠の下り) https://youtu.be/AXo0vDVxkuA


ペダルをふくらはぎにぶつけて負傷したり、しだいに靴に水がしみてきたりと、だんだんと状況が変化してくる。新品の靴は、防水性が高く、まったく心配は要らなかったが、ローカット靴の二人は靴を気にし始めた。



二つ目の沢に降りてきた。今度は渡る小橋もない。大きな岩が点在しているだけだ。どこを渡ろうかと考えてしまう。水深はそこそこある。水に浸かって渡るわけにはいかない。空身であれば、石伝いにピョンピョンと行けそうであるが、重量のある自転車を担いでいてはそうもいかない。ここでもT氏が先頭を切って渡る。

バランスよく見事にクリアする。そのルートを真似するように自分もMTBを小脇に抱え、慎重にグリップを確かめながらクリアする。そしてH氏。二人が難なく渡ったのを見て気が緩んだのか、同じようなルートを踏むが、最後の一歩を踏み出す場所が悪かった。

こちらはカメラを構え、沢渡りの一枚を撮ろうと構えていた。味のあるショットが撮れると思い、シャッターに指を乗せ、いつでも押せる態勢だった。その時であった。あっと思った瞬間、大きな声とともに、岩に乗せた足がすべり、そのまま尻もちをついた。シャッターを押すタイミングと尻もちをついたタイミングが見事に合い、水しぶきをあげる決定的瞬間を見事に収めることができた。

H氏はそのまま体を伸ばし、水面に落ちないように頑張って体を保っている。すぐに近寄り、「待てる」、と判断し、さらに何枚か撮り続ける。これは滅多にない貴重な瞬間。救助よりも撮影、というのが約束だ。 


幸い怪我もなく、足を水につけた程度で済んだ。初日から怪我をしてしまってはこのツーリングも終わりになる。派手な演技を見せてくれたが、何事もなくてよかった。内心ホットする。時間に追われているが、こうしたアクシデントや、写真撮影が頻繁に続き、一向にペースが上がらない。まだまだ、スタートして僅かな距離しか進んでいない。日はまだ充分に高いが、この先本当に宿に着けるのであろうかと少しづつ不安になってくる。


この北沢からが今回の本格的な登りだ。標高差約200メートル。まとまった登りがしばらく続く。気がつくと周囲はすっかり紅葉の世界が広がっている。空も明るくなり、青空が見え始めてきた。白くもやの立ち込めた中の紅葉も味があったが、やはり明るい日を浴びた赤や黄色の色彩は格別だ。足元には赤茶色の絨毯のように柔らかい落ち葉が積もっている。踏みしめるごとに、シャシャという音色が聞こえてくる。道幅も広く安定して、景色も一気に明るく開け始めた。

本格的な登りを向かえ、半袖の態勢で押し始める。空気は冷たいが、それ以上に体は熱気を帯びている。急激に天気は回復し始め、しだいに野反湖の水面が視界に入ってくるようになった。道は広く安定しており、標高差はあるものの、なかなかいいペースで登っていく。

いつものツーリングであれば、何度か休憩が入っているのだが、皆時間がないことを気にしており、自分から休憩を取るものはいなかった。なかなか辛い登りではあったが、呼吸を整えるだけの休憩を重ねつつ、しだいにピークに近くなってきた。


いよいよ野反湖の全貌が視界に入ってくるようになった。雲も消え、目の前の視界が一気に広がり始めた。太陽を浴びて銀色に光る湖面が眼下に見える。美しい光景とともに、まだこれしか進んでいないのかという気持ちにもなる。勾配も緩くなり、視界が広がるとピークを向かえる。


それまでの苦労が報われるような明るく美しい景色だ。やはり予想通り1時を回ってしまった。ひょっとしたら、頑張ったから少しは時間を稼げたかな、なんて期待していたのだが、やはりそう甘くはなかった。とりあえず最大の山場をクリアできてほっとしたのだが、やはり時間に追われることは変わりなかった。

すでにかなり空腹状態。飴でごまかしながら、またちょっとした休憩時におにぎりを食べるなどしてなんとかつないできた。空腹をごまかしながら先へ進むしかなかった。

●動画(2分29秒) 魚野川水平歩道 その4( 西大倉山ピーク) https://youtu.be/EPY92n7L5aw



いよいよ渋沢ダムへ向けての豪快な下りが始まる。予定ではこれからまだ3時間以上はかかる。順調に下って約5時。日没にぎりぎりのラインだ。途中で何かあったら、考えたくないライトの登場になる。ただし、今回は普通の林道とはちょいと訳の違う山道だ。暗い中の山道下りはなんとしても避けたい。

事前に宿に連絡をしておこうと思い、携帯が通じるかなと取り出すと、こんな山奥でアンテナがしっかり2本。周囲が開けているからとはいえ、こんな秘境のど真中で電話が通じるというのは驚きだ。携帯のありがたさにはただただ脱帽する。


渋沢ダムまで1800から1100まで700の下りだ。乗って下れる所も多い、なんて書いてはあったが、レベルの違いか、自転車の違いか、度胸の違いか、まず同じような感覚で下れたことはない。大体書いてあることの半分ぐらいか、それ以下だ。この下りもまさしく書いてあることの半分以下で、ほとんど乗れなかったといったほうが正解かもしれない。

登りで大汗掻いた分、下りも手応えのある下りで、まともに押して下れれば楽であるが、段差、乗り越え、担ぎ等、体中の関節を痛めてくれる下りだ。湿った道は、時には滑りやすく、またブレーキシューが濡れたリムとやたら大きな音を出す。

下るには、常にリアブレーキをかけながら下るが、軽くブレーキをかけながらの下りでは音がうるさく、しかたなくリアをロックさせながら、落ち葉を引きずりながら下っていく。おかげで常に右手の握力、手首は使いっぱなし、左手は余裕という状態だ。また、乗り越える時も、やはり右手ばかりを酷使する事になってしまう。延々続くこの下りに、しだいに右手も音をあげてきた。


T氏は例によって落ち葉がガードに詰まっては、小枝で掻き出す始末。また、サドルバッグサポーターの不調にH氏と自分は悩まされ続ける。時々止まっては、サポーターの位置を直したり、力でずりあげたり、最後の手段は力いっぱい上へ曲げてしまうという荒療治に出た。バッグが重過ぎるというのもあるが、やはりシートピラーの部分で支えきれないといったほうがいいのだろう。何か次回は対策を考えないといけないようだ。

足をぶつけたり、つまずいたり、張り切って大きな倒木を一人で乗り越えようと頑張って指を深く切ったりと、あちこち怪我をしながら黙々と下っていく。


時々先頭交代しながら、誰かがペースを作っていく。一息つきたい所でも、暗黙の了解ですぐにスタート。まあ、しかたがない。渋沢ダムまで出れば後は何とかなりそうだ。とにかくダムへ3時までに着かないことには安心できない。

こういう時の高度計の表示はいやなものだ。頑張って下ってもいくらも数字が下がらない。特に700もあるとなると、そう簡単には下りきれない。乗って下れる700と歩いて下る700の差はあまりにも違いすぎる。多少乗れる所はあるものの、それはMTBの話であって、それもかなり太いタイヤでない限りかなり危険な所が多い。長いと認識してはいたが、やはり実際相当長い時間下り続けた。


高度計が後200ぐらいになってくると人工的な音が聞こえてくる。どうやらこの先で何か工事をしているような感じだ。こんな所で工事? いったいどうやってこんな所まで? ほんとかいな? 疑問に思うものの、渋沢ダムは唯一誰かがいてもおかしくない所だ。きっとダムで何かが行われているのだろう 。

下り始めてすでに1時間以上が過ぎている。高度計のおかげでダムは近いと感じられ、こうなってくると元気付けられる。そしてついに目の前に吊り橋が現れる。1時間20分かかってようやくここまで降りてきた。

吊り橋もしっかりして見えるが、渡ると結構揺れて恐ろしい。高さもそこそこあり、掴まる所もないから、怖がりの人では渡るのも大変そうだ。山の中から川へ出てきて、久しぶりに明るくなった。長かった下りも終わり、やっと渋沢ダムへ到着した。情報によれば、ダム脇は芝生の広場になっていて、ランチタイムに絶好の場所らしい。また、ここでテント泊も可能となっている。

さぞかし、広々とした所なのだろうと思っていた。ところが、先ほどからの機械的な音から想像できるように、そこは大々的にダム工事の真っ最中であった。芝生と思われるあたりには工事現場のプレハブが建っており、そこでは住込みの作業者が食器を洗う姿が見える。さすがにこの場所では、下から通うことは不可能で、こうして何日も泊まり込みで工事をしているのだろう。


こんな場所で、こんな大きな工事が行われていることがとにかく驚きだ。時間的には予定通り3時に近かった。ここで 小休止でもと考えていたのだが、この工事の様子に驚き、先を急ぐことにする。

ダムにかかる吊り橋を渡るといよいよそこからが念願の水平歩道の始まりだ。ダム工事の現場は、かなり落差のある上からと下からの作業が行われている。上からはリモコン操作によって工事の資材をコントロールしている。下にいる人は、何をしているのか分からないほど小さく見え、周囲のスケールの大きさの中に、人間の存在が本当に小さく感じられる。現場の人と顔を合わしても何の驚きも、挨拶もない。

彼らにとっては我々の存在はたいしたものではないのか、あるいは真剣勝負の時間に現れ、応対している余裕などないようにも感じられる。大自然の中で闘っている彼らにとって、気の緩みはあってはならないものなのだろう。一息ついて、渋沢ダムを後にする。とにかく時間に追われている。ダムまではなんとか計算通りに来たが、まだまだ安心はできない。あと2時間、何事もなく行けば5時には到着できそうだ。


 


ここまで来るのにかなりの時間と体力を消耗した。ここからがメインであるというのに、かなり時間的にも精神的にも余裕がなくなっている。しかし、いよいよここからがハイライトである。しばらくはフラットな道を快適に走れる。期待に胸を膨らませ、水平歩道のスタートを切った。

快適である。自転車に乗れるというのはこんなに快適なのかと感じる。歩き疲れた体にとって、座って前に進める、ブレーキをかけなくていい、ということが新鮮に感じられる。それほど長い時間、歩き、担ぎ、押してきた。低めのギヤにセットし、落ち葉の積もる水平歩道を行く。道幅は思っていた以上に広く、勾配も文字通り水平に近い。

すぐに最初のトンネルが現れる。本当に小さなトンネルで、乗って走り抜けることはできそうもない。中は暗く、出口は見えてはいるものの、ライトなしでは足元は真っ暗だ。先頭の二人はライトをつけて先へ行く。H氏は途中まで体をかがめて乗っていったが、途中で行き詰まったようだ。自分は、ライトを出すのも面倒なので、ライトなしで歩き始める。

●動画(1分18秒) 魚野川水平歩道 その5(水平歩道トンネル) https://youtu.be/lmoUTkhnfWk


トンネルに入ると結構狭く、頭はかがめないとぶつかってしまう。幅も狭く、右側に手すりが付いている分自転車を押しての態勢はなかなか圧迫感がある。すぐに足元が見えなくなり、ゆっくりと進むのだが、段差があって、時々踏み外し苦労する。トンネル後半になると、手すりが中央にはみ出し始め、ただでさえ狭い幅がさらに狭くなった。

暗闇の中で左右の幅の感覚が麻痺し、気をつけないとトンネルの壁に手をこすりそうだ。ライトをつければよかった、と反省しても後の祭で、戻ることも立ち止まることもできず、結局怖い思いをしながらトンネルを抜ける。


水平歩道の右側は魚野川への谷になっているが、木々の隙間から時折水面が見える。その高低差に見とれていると、自然とハンドルがそちらに向いてしまう。気をつけないと、不注意で踏み外しそうになりそうだ。あまりいい調子で飛ばして、小枝や岩にハンドルをとられると、そのまま転落ということも充分考えられる。あまり右側の視界にとらわれないようにと注意しながら落ち葉の中を進む。


快適な道だ。変化があり、緊張感があり、雰囲気がある。邪魔するものは何もなく、自転車のために作られたような道だ。苦労してここまで来た者しか味わえない極上の山道だ。沢を渡る所には鉄製の小橋がかけられている。やや滑りそうで怖いが、ゆっくりと行けばば乗って渡れる。沢にはイワナが泳いでいたとT氏が言っていた。

道はやがて山肌の岩が荒々しいあたりにかかる。さすがにこのあたりでは安全のために谷側にガードがつけられている。ガードといっても、単にロープが一本張ってあるだけで、とてもじゃないが身を守ってくれるとは思えないシロモノだ。道幅もかなり狭くなり、慎重な走行が必要だ。それでも路面が安定しているおかげで意外と楽に走り抜けられる。

●動画(59秒) 魚野川水平歩道 その6(水平歩道) https://youtu.be/QWFt3fzBJPI


そして2つ目のトンネル。これが閉鎖されたトンネルだ。トンネルには大きな枠がはめられており、中に入ることは不可能だ。すぐ横には大きな「迂回路」の看板が立っていて、上に向かって道ができている。これを越えるのが結構大変であった、という情報であったが、実際とんでもない押上げをすることになった。

朝から散々担ぎ、押し上げを繰り返し、もう今日はないだろうと思っていたが、このトンネル越えは最後のとどめにふさわしい難所であった。体力が落ちている上に、未だ食料を豊富に持っているため、相変わらず自転車がかなり重く、それにも増して迂回路特有の常識離れした道作りに再び大汗を掻くことになった。

とんでもない勾配で、押し上げるにも、担ぐにも本日最高に辛い時間だった。最後の一歩は「ふざけんな」というぐらい気合の入った一歩で、登りきってトンネル上で皆疲れ果てた。


反対側へ降りると、簡易のベンチが置かれている。もうこれで登ることはないだろうということで、ようやくここで 小休止することになった。といっても時間制限で、10分間の休憩にしようとなった。10分は非常に貴重な時間であったが、これまでずっと我慢してきたわけであるし、ここまでくれば一安心ということで、 一息ついて適当に食料をつまみ、喉を潤す。ただし、腰をおろしてくつろぐわけでもなく、あわただしい休憩でもあった。時刻はちょうど4時になっていた。

●動画(1分16秒) 魚野川水平歩道 その7(水平歩道 トンネル迂回) https://youtu.be/M9IAVCYpc48


再び、岩肌迫る ロープ付きの道を進む。このあたりも、ハンドルを取られると非常に危険な所だ。これで暗くなったらとてもじゃないが乗ることはできないだろう。なんとかこの時間に水平歩道を抜けられそうで本当によかった。次に素彫りのトンネルが現れる。次から次と変化に富んだコースである。まったく飽きさせない、魅力たっぷりの道である。


素彫りのトンネ ルは短く、ライトなしでも走り抜けられる。色々なシーンを写真に収めるべく、走っては止まり、先に行っては構えてと、撮影に本当に忙しい。こんないい材料は滅多にお目にかかれないから、今日一日だけでもかなりの枚数を撮っている。


水平歩道の魅力にたっぷり浸かった頃、突然水平歩道は終わりを迎える。いきなり、急激な下りが開始される。いよいよ切明に向けての急降下だ。しばしの休息から、再び山道下りの再開だ。もうここまでくればあと一息だ。時刻は次第に5時に近くなり、段々と暗くなってくる。

やはり、秋の日は短い。暗くなり始め、写真をとる余裕もなくなってきた。ひたすら、足元を確かめながらの下りとなる。前半戦でかなりの下りを経験してきているから、この下りもあまり苦にはならない。ただ、日没に追われるように先を急いだ。


一息ついたところで、T氏が「橋が見えますね」と気がついた。足元ばかり気にしていたから気づかなかったが、確かに顔を上げると、遠く前方に人工物の橋が見える。きっとあれは切明温泉にかかる橋に違いないと確信する。標高もかなり落ちてきて、いよいよ本日のゴールが近いことを示している。

ついに、魚野川を渡る吊り橋までやってきた。何度もお目にかかったような色の吊り橋であったが、最後のこの吊り橋は安心感とともに達成感を味わえる吊り橋であった。体はかなり疲労してはいるものの、足腰はしっかりしており、早く宿に着きたいという気持ちが一層強くなってきた。橋を渡ると、いきなり林道に出た。右手には車が何台か駐車しており、ここから切明温泉までは道が開けていることを想像させる。

一気に道は広く安定し、ここからは最後のフィナーレーにふさわしい、ウィニングランとも言えそうな締めくくりの走りになった。これまでの苦労を振り返り、これから訪れる温泉への期待が交互に頭の中にこみ上げる。あせる気持ちと、長かった一日への気持ちがより一層気持ちを高ぶらせる。

道はついに車道と合流する。そこは、これまでの閉ざされた静寂の世界から、騒音と現実の世界への合流地点でもあった。目の前に現れたのは車がカーブを曲がる姿だった。そして1台、2台と。アクセルひとつで坂道を排気ガスとともに駆け上がる文明の利器。

体中、ぼろぼろになって、肉体的、精神的疲労と闘ってきた自分たち。同じ土俵に現れると、あまりのあっけない合流に我々自身も戸惑うことが多い。それだけ、この水平歩道のルートは現実から遠く隔たった場所と言えるのかもしれない。

●動画(2分23秒) 魚野川水平歩道 その8(水平歩道 ~切明温泉) https://youtu.be/S7WEGaP858I



切明温泉はそこからすぐだった。温泉宿は3軒。温泉入口は、ハーレーの集団や、観光客で多くの人がにぎわっている。温泉堀り目的の人や、日帰り入浴の人もいるのだろう。山を越え、沢を越え、ドロドロになってたどり着いた我々とはまったく違う人種が多く戯れていた。

切明温泉「切明園」は、そのにぎやかな入り口から少々脇道を入ったところにある。昔の記憶を思い出すが、このあたりの思い出はあまりない。少し奥にはいるとようやく宿が見えてくる。

「ああ、ここだ!、この入り口だ!」

そのなつかしい、そして変わらぬ宿の姿を見て嬉しさがこみ上げてきた。また、こうして来る事ができた。それもこんなに充実した一日で。嬉しかった。そして満足していた。時刻は5時12分、もう日没ぎりぎりの時間だった。

自転車を置く場所も昔と同じだった。同じように蒔が置いてあった。中に入って声をかける。出てきた主人は暖かく我々を迎えてくれた。前にお世話になったことは話していたが、自転車で来ることは確か一言も言っていなかった。だからであろうか、主人も我々の様子を見て驚きの様子が伺える。

いい内容の走りをした時の宿への到着の瞬間は格別だ。疲れた体の動きは緩慢だが、どんなに疲れていても心は穏やかであり、満足感で一杯だ。部屋へ上がる階段が何かと足にくるが、その一歩一歩の重さが満足感につながる。部屋へ案内されるこの瞬間がまた至福の時でもある。


「烏帽子岳」へ案内される。確か前回は1階のもう少し奥の部屋だった記憶がある。部屋に入り、荷物を置くと、一気にすべての疲れが襲ってくる。横になりたいというのが、まず最初の欲求だ。横になって体を伸ばすと全身から、疲労感と満足感の入り混じった大きなため息が出る。これこそ、今日一日を物語る一言であろう。他に何の言葉も要らない。この一言で、お互いに分かり合える。

着いた、という満足感。そして、これから始まる明日へのドラマ。この旅は、どの瞬間も充実していて、終わりがない。休むまもなく、二人は地図を広げ出した。明日はもう少し余裕が欲しいということで、早速明日の行程を確認する。さすがに今日みたいな時間に追われるツーリングではたまらない。もう少し時間が欲しいと思うのは当然であった。

体が、かなり疲労していた。自分の右手首は、左手首と太さが変わっていた。使いすぎて手の甲が腫れ上がり、普段の1.5倍ぐらいの大きさになっていた。久しぶりに全身を酷使した一日だった。真弓峠にはかなわないが、それに近い疲労感を感じていた。

他に泊り客がいるのだろうか。その気配を感じない。重い体に鞭をうち、風呂へ向かう。風呂に浸かり、うまいビールを飲んで今日のフィナーレを向かえる。そうして布団に入るまでがまたまた、魅力たっぷりのひとときでもある。

浴衣に着替え、廊下を歩き風呂へ向かう。確か同じように昔も歩いたはず。残念ながらあまりその記憶はない。1階は吹き抜けで天井が高く、大きな暖炉が印象的だ。開放感のある宿で、2階から眺めるとその広さがまたうれしくもある。


湯船に身を沈めると、足先から何ともいえぬ熱さが伝わってくる。慣れない靴で痛めた足も、温かい湯の中でほぐれていくようだ。手首、肩、腰、膝、関節、体の節々に温泉の湯はあまりにも優しすぎる感じだ。天国だ。この瞬間をこの気持ちで味わえることはなかなかない。

苦労して、頑張って、緊張して、そしてやっとこの気持ちを味わえる。味わおうと思って味わえるものではない。だからこそ、本当の満足感なのだろう。ツーリングの締めくくりは、やはり温泉に尽きる。ゆっくりとした時間が流れる中で、一日を振り返るにはあまりに贅沢で、そして人間の生身に戻れる瞬間でもある。

夕食は7時からになっていた。最後になってしまった自分を他の宿泊客も待っていたようで、こちらもそうとは知らず緊張してしまう。テーブルは6つほどあっただろうか。全員集まると20名ほどになるだろうか。宿の主人が、食事に合わせて色々と語り始めた。こういう形式とは思ってもいなかったため、少々戸惑い、皆それぞれ飲み始めるが、主人は秋山の話を始め次々と暖かい談話を話してくれる。


時には我々に矛先が向かい、野反湖から自転車で来た、などと紹介してくれるが、他のお客にとってはそれがどんなに凄い事なのかと、理解してくれた人はいなかったようだ。一面ユースのような形式ばった感じがしたが、逆にこうして同じ空間で同じ話を聞くという時間が、最近ではあまり経験できないという逆の新鮮さが感じられて印象に残った。


今日一日の話に花が咲く。時間に追われた一日であっただけに、この時間が本当に落ち着ける時間だ。使い切った体がとにかく水分を要求していた。ビールが次々に水のように体の中に流れていく。
食べ過ぎた。そして飲みすぎた。山の幸豊富な鍋、まいたけのてんぷら、きのこ汁、いわな・・。どれもこれも絶品であった。きのこ汁は、あまりにうまくてもう一杯もらったほどだ。おかげで、ますますビールがすすむ。


部屋へ戻ると、もう動くのさえままならなかった。疲労と満腹感と眠気とが入り混じって、横になっても苦しいばかり。体力と、時間があれば、川原で温泉を掘りに行きたいところだが、もうそんな気力はどこにも残っていなかった。しばらく消化が進むまでは眠れる状態ではなかった。

布団に入ると暫くして皆深い眠りに入った。長い一日がようやく終わろうとしていた。


距離: 16.1 km
所要時間: 7 時間 57 分 00 秒
平均速度: 毎時 2.0 km
最小標高:   854 m
最大標高: 1807 m
累積標高(登り):   803 m
累積標高(下り): 1467 m

(2000/10/14 走行)


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