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2006年9月8日(金)


ツーリング7日目。連日の雨、そして疲れもピーク。
パンク、そして脇腹の痛みもよくならない。満身創痍とはこのことか・・・

ようやく今日は雨から解放されそうだ。
今日もこの住吉屋に連泊のため、荷物も少なく走ることができる。


さっそく昨日のパンクの修理だ。タイヤを外してみて驚いた。
なんと、タイヤのサイドが切れている! よく見ると外周をずっとブレーキシューで擦った跡がある。
擦り切れた部分からチューブが飛び出てパンクしてしまったようだ。

どうしてこうなってしまったのか? 
きっと連日の雨天走行でブレーキシューがかなり減り、シューがタイヤに触れるようになってしまったのだろう。
雨が続くとこんなことが起こるのかと驚いた。

さあどうする? なんとか修理する? それともツーリング終了?
できることはパッチでタイヤの補修するしかない。それで果たして走れるのか?

タイヤの裏と表から大型のパッチを貼ってみた。かなり切れているが、とりあえず傷は隠れた。
空気を入れると多少いびつだが、走れそうだ。OK、これでいってみましょう!


こんな状況ではまともに走るわけにはいかない。
どこで走行不能になるかわからないので、今日は樽見鉄道に沿って走ることにした。
走行不能になったら、すぐに輪行して車に戻ってくることにした。

スタートは樽見駅。ちょうどホームに
青い車体の車両が停まっている。
そして「薄墨桜」を見学に行く。


根尾谷淡墨桜
樹齢1500余年を誇る孤高の桜。
継体天皇お手植えの桜と伝えられ、薄いピンクのつぼみが、満開になれば白に、そして散り際には淡い墨色になることから淡墨桜と名付けられたと言われています。
樹高17.3m、幹回9.4mの大木は、山梨県の「山高神代桜」と福島県「三春滝桜」と並んで日本三大桜のひとつに数えられ、国の天然記念物に指定されています。
https://www.kankou-gifu.jp/spot/detail_921.html


凄い巨木である。柵で囲われ、多くの支柱で支えられて保護されている。
一時は枯死するかと思われたが、多くの方の努力により、見事に再生し美しい桜を咲かせている。
作家宇野千代女史も、保全活動に多大なる努力をされた。


●根尾谷淡墨ザクラ https://www.kankou-gifu.jp/spot/detail_921.html
 


「薄墨桜」から開運橋を渡って、樽見鉄道に沿って南下する。
すぐに水鳥(みどり)駅が現れるので立ち寄ってみる。


時刻表を見てみると、1時間に約1本、そして1日に10本しか運行してない。
1本逃すと大変なことになる。なかなか厳しい路線であることがよくわかる。
駅のそばに「根尾谷断層地震断層観察館」があるので見学する。


こんなすごい断層付近に今いるのかと驚いた。
巨大な断層の模型が物凄い。地層はこんな風になっているのかとよくわかる。

根尾谷断層
1891(明治24)年10月28日午前6時38分,岐阜県地方を未曾有の大地震が襲った。内陸の地震としては歴史上最大の規模の濃尾地震である。マグニチュードは8.0,有感の範囲は,北は仙台から南は鹿児島まで及んだ。この地震の震源となったのが,総延長80kmにも及ぶ根尾谷断層である。
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/138374


学習コーナーでは、根尾谷の自然を学ぶことができる。


宇野千代女史の功績、樽見鉄道の紹介も勉強になる。
時間があればずっと見ていたくなるほどいい内容だ。


ちょうど運よく列車とご対面することができた。
運行本数が少ないだけに、こうして見通しのいい場所で自転車と一緒に写真を撮れるのは貴重だ。


「高尾駅」を過ぎて「日当(ひなた)駅」へ立ち寄る。
この駅はちょうどトンネルを出た所にある駅だ。
周囲に人の姿は全くない。静かでひなびた田舎の小さな駅だ。


荒療治したタイヤが気になって仕方がない。
走行自体は全く問題がないが、万が一パッチがはがれてチューブが飛び出したら最悪だ。


「高科(たかしな)駅」の手前に、絶好の撮影場所があった。
12:55発 樽見駅行きの列車がこちらに向かってちょうど走ってきた。
果たして乗客はどれぐらい乗ってるのだろう?

●紹介動画 https://youtu.be/jLWmlE0yL6E


もう旅も最後だし、
今日のお昼は奮発してここ。


「鮎料理 やな川」の鮎のフルコースだ!(写真はホームページより)


次々提供される鮎の品々。どれもこれも絶品だ。
これだけ鮎尽くしの料理をいただくのも初めて。もう、文句なしの満足感でした。


谷汲口(たにぐみぐち)駅には、1947年(昭和22年)に製造された、オハフ33型客車が保存されている。
この駅は桜の名所らしい。桜の季節には、多くのファンが詰めかけるという。


誰もいない静かな駅で一休み。
こうしてローカル線を辿るツーリングもなかなかいいものだ。


川沿いの道を行くと、車道のすぐ横に古い線路が残されていた。
これは何のレールだろうか? このレール幅だと特殊な運搬用のレールかもしれない。

かつてセメント工場があったそうなので、その貨物線跡かもしれない。
ちょっとわからなかったが、せっかくなので記念撮影だ。


時刻は15時を過ぎた。
そろそろ今日のツーリングをこの辺りで終えないと帰れなくなる。
どの駅で輪行しようかと地図と時刻表を調べる。


この日のゴールは「モレラ岐阜」という駅。実に変わった名前の駅だ。
大型の商業施設にちなんで新設された駅らしい。おかげで駅舎もなければ、ホームにも何もない。
学生が数人と、主婦が3名ほど列車を待っている。どうやら通勤・通学の乗客のようだ。


樽見駅方面の列車がやってきた。ホームに入ってきてビックリ!「うわ!混んでる!」
全くの予想外だった。なんと学生で埋め尽くされている・・・そうか帰宅時間か・・・
まぁ、乗れないほどではなかったが、邪魔な輪行袋を端に置いて、おとなしくしていた。

●樽見鉄道 モレラ岐阜駅→樽見駅 https://youtu.be/a7eXI2v4baA


楽しい「乗り鉄」まで味わって、樽見駅に戻ってきた。
修理したタイヤもなんとか無事だった。
痛めた脇腹は相変わらずだ。無理をすると「イタタタ・・・」と痛む。今度は体が心配になってきた。

今日も住吉屋に泊まる。落ち着いた宿で本当にゆっくりできる。
明日は最終日だ。念願の「温見峠」へ行きたいのだが、この体とこのタイヤでは無理だろうな・・・

 
距離: 30.3 km
所要時間: 6 時間 0 分 0 秒
平均速度: 毎時 5.0 km
最小標高: 21 m
最大標高: 198 m
累積標高(登り): 97 m
累積標高(下り): 241 m

2006/9/8 走行


越美国境への憧れ


最後に越えたかったのがこの峠、越美国境「温見峠」。
ニューサイNo.242-244 今井編集長のレポートはあまりにも有名だ。

通行止めの「門」を突破する描写は、今読んでも胸がドキドキするほどだ。
(NC掲載時 今井編集長68歳!)
(今井彬彦 1915/12/2−2001/6/5)

そしてニューサイ280 山本氏によるその後のレポートも見事な作品だ。
山本氏の独特な世界に思わず引き込まれてしまう。

なんとか「温見峠」へ行けないか、と考えていたが状況は最悪だ。
体も自転車もボロボロだ。まともに走ることは出来そうもない。


NC 242-244(1984/10-1984/12)


NC 280(1987/11)


2006年9月9日(土) 温見峠 通行止め


昨夜も雨が降った。とにかくここ数日天気が悪く、ずっと雨に悩まされている。
温見峠はどんな峠なのだろう。せっかくここまで来たのだから一目峠を見てみたい、と車で向かう。
朝靄の立ち込める中、濡れた路面を峠へ向かう。すると、まもなく通行止めだ・・・


「道路工事中」「ロックネットをなおしています」「全面通行止め」9/5−12/22 の表示だ。
なんと、この先へ行くことができない。湯見峠を見ることもできない・・・なんてこった。

自転車だったらどうしていただろう。ゲートの横を抜けて突破しただろうな。
なんだか、今井編集長のレポートと同じような状況になってしまった。
残念ながら完全にこれで終わりだ。どうしようもない。諦めるしかない。

「越美国境 温見峠」、豪雨、災害で通行止めが頻繁だ。なかなか簡単に越えさせてもらえない。
「温見ストレート」と呼ばれる、峠のまっすぐな道を走ってみたかった・・・またいつか来れるだろうか?


これで完全にツーリングは終了することになった。
となれば、いまだに痛みが消えない脇腹を診てもらおうと町の病院へ向かう。

樽見駅へ戻り、「本巣市国民健康保険根尾診療所」を訪ねる。
痛めてから二日経過したが、痛みは改善するどころかさらに悪くなっている・・・やっぱり骨にヒビか?
ツーリング中に病院へ行くのはいやなものだ。せっかくの楽しい気分も台無しだ。

行くとかなり大きな診療所で、車を停めて受付で事情を話して保険証を提出すると・・・なんと、受付の方・・・

「うわぁ〜、カワイイですね〜」


と保険証を手に取って笑顔一杯で大騒ぎ。おかげで、待合室の人たちも皆びっくり!
「ねえねえ、これ見て!」と周りの事務員に話しかけると、皆さん集まって覗き込む。


実は、我が社の保険証は、日本を代表するキャラクターのデザインになっている。
病院で提出すると、どこでも話題になるほど自慢の保険証だ。

今回も、「また始まったか・・」と思ったが、この病院の方たち、あまりにも驚きが凄すぎた。
おいおい、こっちこっち、病人、病人の受付お願いします。

やっと診察室へ・・・状況を説明して・・・レントゲン撮って・・・

結果、骨に異常ありません、ですって・・・よかった!
病院に行ってよかった。単なる打撲のようなので、無理せず過ごすしかない。


旅の終わりに


長かった夏休みもようやく終わりだ。帰り道、「 日本昭和村」に立ち寄ってみる。
懐かしい昭和の時代にタイムスリップできるテーマパークだ。

見るもの、聞くもの、何もかもが記憶に残っている。懐かしい。本当に思い出が蘇る。
日帰り温泉も併設されているので、ゆっくり旅の疲れを癒す。


帰り道、もう一つぐらい峠を越えたいと、車で「尾並坂峠」を越えてみた。
しかし、あっという間に登り切ってしまう車では、やはり峠越えの魅力は味わえない。

9/1の夜から始まったこの旅も、今日で9日目だ。もう十分すぎるほど満喫した。
色々な感動があった。そして悪天候、トラブルに見舞われた。

しかし楽しかった。本当に充実した毎日だった。
越えられなかった峠がいくつもある。また計画して必ず訪れよう。

2006/9/9 走行


「淡墨の桜 愛蔵版」 著宇野千代 平成8年 海竜社


今になって(2025/2)、ようやくこの本を読んでみた。
自分が訪れた根尾谷の地、そして泊まった宿。周囲の風景、雰囲気などがそのまま伝わってくる。

雨の多い描写もまさにそのままだ。何も知らずに訪れ、たまたま泊まった宿が住吉屋だった。
まさか、こんな物語が展開した宿だと思ってもいなかった。

今回訪れた季節は9月。まったく桜の季節ではなかった。
あらためて、満開の「薄墨の桜」を見てみたくなった。またひとつ、ツーリングのテーマができた。


紹介サイトより

宇野さんをはじめ、多くの人々の尽力の甲斐あって、淡墨桜は毎年花を咲かせるようになりました。そして、そのいきさつは、虚実入り交じった小説『薄墨の桜』へと結実。自らをモデルにしたと思われる主人公の着物デザイナー・吉野一枝は、助手の若い女性とともに根尾谷を訪れます。淡墨桜に魅了された一枝が桜の延命に奮闘する姿は、そのまま宇野さんと重なりますが、そこは小説。淡墨桜の根腐れの原因となっている水田を所有する謎めいた老女と、老女の言いなりに生きる美しい養女、養女を慕う青年の関係がもうひとつの重要なストーリーの柱となって、艶めかしく描かれます。若い桜の根を根継ぎして蘇った淡墨桜と、主人公、そして物語の鍵を握る人物として描かれる老女の“女の人生”を重ね合わせて読むと、いっそう味わい深い桜観賞となるに違いありません。
https://www.fujingaho.jp/travel/plan/a39362535/unochiyo-ususzumisakura-220311/


(写真はアマゾンより)


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